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オリンピック聖火

記事 NO.5450
彩2014 Olympic Flame



~2014年1月19日訪問~
青木町公園(川口市)
教念寺(深谷市)

これは、何の写真でしょう?」の答えは、2014年1月現在 国立競技場に置かれている聖火台のレプリカです。

 1964年の東京オリンピックでは、その前哨戦となるアジア競技大会(1958年)に間に合わせるために、聖火台の製作を鋳物づくりの名工とうたわれた鈴木萬之助が請け負いましたが、湯入れ作業で爆発事故が起き、このショックと過労で8日後に萬之助は亡くなってしまいました。しかし息子の鈴木文吾が不眠不休で第二の聖火台を製作して、一ヶ月の作業の後、何とかアジア競技大会に間に合わせたました。文吾は、もし自分まで失敗したら腹を切って死ぬつもりだったそうです。 この聖火台は文吾の手により父の製作者名が入れられ現在も国立競技場に置かれています。→詳細



日本初の聖火台(レプリカ)       


文字碑


おめでとう東京五輪





川口市から深谷市へジャンプです。



ここにも聖火台?


鈴木家之墓(鈴木萬之助の墓)


聖火台を模した碑



 昭和三十九年、東京オリンピック大会で全世界の若人達に平和の光を燃やし注いだ聖火台は、故鈴木萬之助氏の作である。
 氏は明治二十四年五月二十四日、水戸市に生まれ、鋳都川口市に於て鋳物技術を克苦研鑚。はな夫人との間には十人の子宝に恵まる。
 代表作としては、東京本所震災記念堂の大花瓶、三峰神社の天水桶等数多く、優美な姿と共にその技術は広く世に認められた。
 ために昭和三十三年第三回アジア大会に使用する聖火台を依頼され、その名誉を深く感激、身魂を傾けて鋭意努力せるも、不幸にして病魔に倒れ惜しむべし。製作半ばにして同年二月二十三日六十八才にて没す。
 名工の魂は地に墜ちず、父業を継承した遺族は互に協力、心血を注ぎ、萬之助老の名に恥じざる聖火台は三月十五日遂に完成された。
 当時、本県出身文部大臣松永 東先生の揮毫を賜わり、聖火台内部には特に許されて、鈴木萬之助の名が刻まれている。
 願わくは、永久に仏恩を報じ冥福を祈念し、鈴木家を哀愍覆護し、弥々繁栄せしめ給わんことを、跪坐冀う。

合掌
    維時昭和四十九年甲寅三月吉辰
       安養山教念寺四十七世 中興上人其阿教善  撰 文
                             高橋 治  謹 書
 



追記 2014.11.16
日本初の聖火台(※レプリカではない!しかもアジア初の聖火台)       


文吾さんの実弟の昭重さんは
「これこそ父萬之助と文吾が造った聖火台。失敗作を溶接などで修理した。レプリカ(複製)ではない。本当の第1号です。」と話す。




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撮影:2014年1月19日-埼玉県 川口市 西青木4-8-1 /青木町公園総合運動場
撮影:2014年1月19日-埼玉県 深谷市 本田2032  /教念寺
カメラ:ニコン-Nikon D5200

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No title

へいへいさん!深谷まで行かれたのですね。
こちらの墓地は知りませんでした。
ご紹介ありがとうございました。(*^。^*)

Re: No title

> torikeraさん
東京オリンピック聖火台物語を世界中の人たちに知ってもらいたいですね。
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開​設日​: ​20​06​/3​/2​5(​土)​

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