大宮市教育長撰文 土呂の大杉
記事 NO.7487 彩2020 見沼の石碑
2020年12月17日訪問
土呂の神明社 (さいたま市)
土呂の大杉
大宮市教育委員会教育長 韮塚一三郎撰文の碑

この場所に杉の巨木があったようです
石碑が建っています
題字と石の形がマッチした美しい石碑です


埼玉県知事 栗原 浩 題書
大宮市教育委員会教育長 韮塚一三郎 撰文
武蔵一宮氷川神社宮司並神明社宮司 東角井光臣 撰書

説明文によると
土呂の大杉は 樹齢がつきて立ち枯れ
昭和45年に姿を消しまったとあります
二つの力石は健在です


石碑や力石に触れたあとには
読書が欠かせませんね

韮塚一三郎著の「埼玉の先人 渋沢栄一」は
是非 読んでおきたい本です
土呂の神明社

埼玉県 さいたま市 北区 土呂町2-83-1

(Mapion地図にアクセス)
撮影:2020年12月17日
カメラ:ニコン-Nikon D7500
レンズ:ニコン-AF-NIKKOR 18-140mm
1:3.5-5.6 G ED
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2020年12月17日訪問
土呂の神明社 (さいたま市)
土呂の大杉
大宮市教育委員会教育長 韮塚一三郎撰文の碑

この場所に杉の巨木があったようです
石碑が建っています
題字と石の形がマッチした美しい石碑です

土呂の大杉
土呂の大杉は神明社の御神木として、土呂の台地から見沼の田圃を見下している。推定樹齢八〇〇年、樹高二六米、目通七米、しだれて四方に張った枝は五〇〇畳を覆い、その雄大な風姿は他に比も少なく、大正十五年二月十九日、天然記念物として県の受けている。
『大日本老樹名木誌』によれば、源義経が蝦夷地に渡る以前、この村を通り満々たる見沼の風景を眺めながらここで昼食をとり、地に挿していった箸が芽を生じて今の大杉になったものと言われ、民俗学上のいわゆる箸立杉の代表的なものである。また一説にはその人を源義家とも伝え、更に、白幡の杉とも呼ばれる。
ここにこの巨木に寄せる氏子の限りない愛敬の情よりいま碑を建てるにあたって神明の社の神住い安らかに、巨木のいよいよ繁茂して土呂の地に永遠の平和をもたらされることを祈るものである。
昭和三十五年二月二十一日
埼玉県知事 栗原 浩 題書
大宮市教育委員会教育長 韮塚一三郎 撰文
武蔵一宮氷川神社宮司並神明社宮司 東角井光臣 撰書

埼玉県知事 栗原 浩 題書
大宮市教育委員会教育長 韮塚一三郎 撰文
武蔵一宮氷川神社宮司並神明社宮司 東角井光臣 撰書

説明文によると
土呂の大杉は 樹齢がつきて立ち枯れ
昭和45年に姿を消しまったとあります
二つの力石は健在です


石碑や力石に触れたあとには
読書が欠かせませんね

韮塚一三郎著の「埼玉の先人 渋沢栄一」は
是非 読んでおきたい本です
土呂の神明社

埼玉県 さいたま市 北区 土呂町2-83-1

(Mapion地図にアクセス)
撮影:2020年12月17日
カメラ:ニコン-Nikon D7500
レンズ:ニコン-AF-NIKKOR 18-140mm
1:3.5-5.6 G ED
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