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ぶらり歴史散歩 深川を歩く

記事 NO.7546   彩2021 お江戸深川散歩

2021年2月訪問
深川散歩 (東京都江東区)

富岡八幡宮から
人ごみをさけ深川を歩く

富岡八幡宮

西に向かって歩いて行きましょう

深川不動尊

ほんのちょっと歩くと
「深川のお不動様」として親しまれている
深川不動堂です

成田山東京別院深川不動堂

深川不動堂の境内を抜け
深川公園へ

石造燈明台

梅の花と石造燈明台が迎えてくれました
石造燈明台の設計者は佐立七次郎です

明治三十七 八年役戦死者忠魂碑

渋沢栄一書の
明治卅七八年役戦死者忠魂碑の前を通り
門前中町に出たら
永代通りを西に進みます

渋沢栄一宅跡とスカイツリー

300mほど歩くと
渋沢栄一宅跡です

福島橋からスカイツリーが見えます

福島橋からの眺め

福島橋を渡り終えると

佐久間象山砲術塾跡

勝海舟も学んだ佐久間象山砲術塾跡です

佐久間象山砲術塾跡 説明板


江東区登録史跡  佐久間象山砲術塾跡  永代1-14付近

 この地は、佐久間象山が西洋砲術塾を開いた信濃国(長野県)松代藩下屋敷があった場所です。象山は松代藩士で、幕末の兵学者・思想家として著名です。文化8年(1811)松代城下で生まれ、名は啓、通称は修理、雅号は「ぞうざん」と称したともいわれています。天保4年(1833)江戸へ出て佐藤一斎に朱子学を学び、天保13年(1842)、藩主真田幸貫より海外事情の調査を命じられました。おりしも、イギリス・清国間で勃発したアヘン戦争(1840~1842)に衝撃を受け、おもに海防問題に取組み、9月には江川太郎左衛門(英龍・坦庵)に入門して西洋砲術を学びました。
 嘉永3年(1850)7月、深川小松町(永代1)の下屋敷で諸藩の藩士らに西洋砲術を教え、このころ、勝海舟も入門しました。嘉永3年(1850)12月、いったん松代へ帰藩しますが、翌嘉永4年(1851)再び江戸へ出て、木挽町(中央区)に砲術塾を開きました。門下には、吉田松陰・阪本龍馬・加藤弘之など多彩な人物がいました。
 安政元年(1854)、ペリー来航に際し、吉田松陰が起こした密航未遂事件に連座して松代に幽閉されました。元治元年(1864)に赦され、幕府に招かれて京都に上りましたが、7月11日、尊王攘夷派浪士に暗殺され、54歳の生涯を閉じました。
 平成21年(2009)3月  江東区教育委員会

佐久間象山砲術塾跡と渋沢栄一宅跡

佐久間象山砲術塾跡と渋沢栄一宅跡は
目と鼻の先
澁澤シティプレイス永代が見えます

佐久間象山砲術塾跡を過ぎたら右に曲がり
北に向かうと
左手に鳥居が見えてきます

紀文稲荷神社鳥居

紀文稲荷神社です

江戸元禄期の商人紀伊国屋文左衛門が
創建に関わったといわれている稲荷神社です

紀文稲荷神社の力石

ここには 力石がたくさんあります






富岡八幡宮
富岡八幡宮
から
永代橋 隅田川
永代橋まで
歩いてみました





撮影:2021年2月
カメラ:ニコン-Nikon D7500
レンズ:ニコン-AF-NIKKOR 18-140mm
1:3.5-5.6 G ED

東京散歩 深川散歩 力石をめぐる

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テーマ : 歴史・文化にふれる旅
ジャンル : 旅行

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非公開コメント

No title

こんばんは。

深川不動の新しくなった建物内はスゴイ事になっていますよね。(笑)

稲荷の力石群は、ビックリです。今度見に行こう(*^_^*)

Re: No title

> torikeraさん

東京は日々変化してます。

コロナが収束したら、ゆっくりとお江戸を散歩してみたいですね。

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へいへい

Author:へいへい

開​設日​: ​20​06​/3​/2​5(​土)​

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四季折々美しい彩の国。見沼田んぼの自然や、埼玉県内及び周辺の観光地・穴場スポットを紹介します。


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