fc2ブログ

訪問者数:   現在の閲覧者数:

栄一と喜作

記事 NO.7556   彩2021 Shibusawa Eiichi & Shibusawa Kisaku


渋沢栄一と渋沢喜作
生涯にわたって友情を貫きました

渋沢栄一と渋沢喜作


渋沢栄一 しぶさわ・えいいち(1840-1931)
天保11年に武蔵国榛沢郡血洗島に生まれました。
父・市郎右衛門(元助)、母・えいの長男として生まれました。
幼い頃から家業である藍玉の製造・販売・養蚕を手伝い、父から学問の手ほどきを受けました。7歳になるといとこの尾高惇忠のもとへ論語をはじめとする学問を習いに通いました。
二十代で倒幕思想を抱き、惇忠や惇忠の弟の長七郎、いとこの渋沢喜作らとともに、高崎城乗っ取りを計画しましたが、長七郎は京都での見聞からこれに反対し計画は中止されます。その後、喜作とともに京都へ向かい、一橋慶喜に仕官することになりました。
一橋家で実力を発揮した栄一は27歳の時、徳川昭武に随行し、欧州諸国の実情に触れることができました。
明治維新となって帰国すると日本で最初の合本組織「商法会所」を静岡に設立し、その後明治政府の大蔵省に仕官します。
退官後、一民間経済人として株式会社組織による企業の創設・育成に力を入れるとともに「道徳経済合一説」を唱え、第一国立銀行をはじめ、約500もの企業の設立に関わりました。
また、社会事業や教育、福祉、民間外交への尽力も、栄一の特筆すべき業績です。関係した機関や団体、事業は600以上とされ、東京市養育院、東京慈恵医院、財団法人聖路加国際病院、日本結核予防協会や、東京商法講習所(現一橋大学)、日本女子大学校(現日本女子大学)などにその足跡を残しています。


渋沢喜作 しぶさわ・きさく(1838-1912)
天保9年に武蔵国榛沢郡血洗島に生まれました。
父は「東の家」二代目宗助の次男 文左衛門で、その弟は 栄一の父 元助です。
栄一とはいとこにあたり、少年時代は栄一と尾高惇忠のもとで学問を習い、高崎城乗っ取りを断念し、京都へ逃げ一橋家へ仕官するなど、すべて二人は行動を共にしました。
慶喜が将軍となったため、幕臣となり「彰義隊」の頭取等で活躍し、「振武軍(しんぶぐん)」を結成して官軍と戦い飯能戦争で敗れてからは、榎本武揚の軍に参加し五稜郭に立てこもりました。
榎本が降伏し、官軍に捕えられ三年間に及ぶ牢獄生活を送りました。その後は、栄一の推薦で大蔵省に出仕し、辞職後は実業家としての道を歩みます。何度も事業に失敗し、そのたびに栄一の温情によって苦境を切り抜けるなど、栄一と喜作は生涯にわたって友情を貫きました。





碑の裏
「栄一」の隣に「喜作」の名が刻まれています
珍しいかも?
渋沢栄一と渋沢喜作




いつも一緒
渋沢栄一と渋沢喜作
渋沢栄一と渋沢喜作


撮影:2021年3月15日(埼玉県)
カメラ:ニコン-Nikon D7500
レンズ:ニコン-AF-NIKKOR 18-140mm
1:3.5-5.6 G ED

埼玉散歩 青天を衝け 渋沢栄一を歩く

(C)heihei's studio 2010
へいへいのスタジオ2010

   にほんブログ村 地域生活(街) 関東ブログ 埼玉県情報へ

テーマ : 文明・文化&思想
ジャンル : 学問・文化・芸術

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

へいへい

Author:へいへい

開​設日​: ​20​06​/3​/2​5(​土)​

ヤフーブログから引っ越してきました。(2019/3/7)


四季折々美しい彩の国。見沼田んぼの自然や、埼玉県内及び周辺の観光地・穴場スポット・力石を紹介します。


FC2 ブログランキング

にほんブログ村 地域生活(街) 関東ブログ 埼玉県情報へ
にほんブログ村


埼玉県ランキング

ツイッター:@2010_heihei

カテゴリ
最新コメント
最新記事
月別アーカイブ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR