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大川道場跡と大川平兵衛頌徳碑

記事 NO.7586     彩2021 神道無念流(しんどうむねんりゅう)の稽古場

2021年3月15日訪問
大川平三郎翁記念公園 (坂戸市)

大川道場跡
神道無念流 大川平兵衛英勝の道場

大川道場跡

渋沢家や尾高家の人々が学んだ

神道無念流

大川道場跡 説明板

大川道場跡

 この公園は、神道無念流の剣術家・大川平兵衛英勝の道場があった場所です。
 平兵衛は、享和元年(一八〇一年)熊谷市上之の渡辺家に生まれ、幼い頃に、小鮒家の養子となって、栄治郎と称していました。その頃の県北地方では、神道無念流が栄えており、熊谷付近の箱田村に道場を構えていた秋山要助の弟子となり、厳しい稽古に耐えて、文政五年(一八二二年)には、二十歳で免許皆伝を得ています。
 二十二歳の時、横沼村(現坂戸市横沼)の大川与佐衛門婿養子となって、名を平兵衛と改め、邸内に道場を設けて、多くの門弟を育てています。
 文久二年(一八六二年)には、川越藩主松平大和守直克に登用され、剣術師範となって仕えました。
 後に、藩主の前橋移封に伴い、平兵衛親子も移り住みますが、藩の飛地であった松山(現東松山市)の陣屋で、剣術を指導している時、幕末を迎えています。
 明治四年(一八七一年)九月に七十歳で没すると、平兵衛を慕う門人たち「五六九名」により、隣接する大川家墓地に「頌徳碑」が建立されました。
 この碑の篆額は、前福井藩主・松平春嶽の筆であり、撰文は、尾高惇忠によるものです。
    平成二十七年二月 坂戸市教育委員会

大川道場旧景
大川道場旧景

この道場から 明治時代に活躍する人材を輩出しました

大川道場跡地

現在は 大川平三郎翁記念公園になっています

大川道場跡地

平兵衛はここから血洗島に出向き

栄一たちに剣術の指導を行いました


隣接する大川家墓地にある
頌徳碑(大川平兵衛墓碑)
大川平兵衛英勝頌徳碑

撰文は尾高惇忠

書は明治三筆の一人である日下部鳴鶴(東作)

篆額「大川先生墓表」は
元福井藩主の松平慶永(春嶽)

大川平兵衛英勝頌徳碑

裏面には門下たちの名前が刻まれています

大川平兵衛英勝頌徳碑 裏

筆頭に渋沢栄一 次に渋沢喜作

大川平兵衛英勝頌徳碑 裏 栄一と喜作

門下たちの名前が続き

最後に尾高惇忠の名が刻まれています

大川平兵衛英勝頌徳碑 裏 尾高惇忠


文化財級の碑です




大川平三郎翁記念公園(大川道場跡)
大川平三郎翁記念公園

埼玉県 坂戸市 横沼332
Qrcode大川平三郎翁記念公園
(Mapion地図にアクセス)



撮影:2021年3月15日
カメラ:ニコン-Nikon D7500
レンズ:ニコン-AF-NIKKOR 18-140mm
1:3.5-5.6 G ED

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