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稲荷神社か香取神社か?の力石

記事 NO.7597     彩2021 不思議な力石

2021年3月6日訪問
武里中野香取神社(春日部市)
稲荷神社の力石
地元では香取様

武里中野香取神社 力石と社号標 

社号標脇に二つの力石が鎮座しています

左側の石には

武里中野香取神社 力石

奉納三拾六貫目
文化三丙寅正月 関根吉太郎
と刻字されています


右側の石には

武里中野香取神社 力石 まんじ

三十二メ の刻字

その上の方に「卍」(まんじ)が刻まれているように
見えますが光のいたずらでしょうか?

ちょっと角度を変えてみてみます

武里中野香取神社 力石

何か他の文字が刻まれていて
不思議なことに
「卍」(まんじ)の形に残ったのかもしれません

武里中野香取神社 まんじ力石拡大
△拡大写真

武里中野香取神社 力石側面

また 側面には
三拾二メ目 中□□ と刻まれています

武里中野香取神社 力石

右に置かれた石は ちょっと触れただけで
パワーを感じました

何か謂れのある石のようです

武里中野香取神社 社号標と力石

社号標は「香取神社」
御由緒は「稲荷神社」

武里中野香取神社 稲荷神社御由緒


稲荷神社 御由緒
      春日部市武里中野六三
□御縁起(歴史)
 村の開発は、『風土記稿』中野村の項に「当村も古へ大場村より分れしといへど、年代は定かならず」と記されている。
 当社は、中野の中心からやや東寄りの地内でも一番の高台に鎮座しており、その南西に古くからの集落が広がっている。『風土記稿』には「香取社 村の鎮守なり、宝性院持、末社 愛宕 稲荷」と記されており、江戸期の当社は鎮守の香取社の末社として祀られていた模様である。また、別当の宝性院は東に隣接する真言宗の寺院で、中興開山を俊作といい、慶長元年(一五九六)に没したと伝える。
 一方、『明細帳』では稲荷神社が村社に列し、明治四十五年に境内社の香取神社と雷電神社を合祀した記事が見え、江戸期に本社・末社の関係であった香取神社を稲荷神社が明治期に入るとその地位を交替した。その理由は不明であるが、『明細帳』と同時期の『郡村誌』には村社は香取社が載り、稲荷社の社名は見えず、村社列格に際して混乱が生じたことをうかがわせ、香取様の通称からもそのことがわかる。
 主祭神は宇迦之御魂神で、合祀神は経津主命と別雷命である。本殿には、寛政元年(一七八九)に神祇管領吉田家から拝受した「正一位香取大明神□□座」の神璽筥が奉安されている。
 なお、昭和五十二年に中野会館が建設されるまでは、宝性院の本堂が祭礼の直会の会場であった。





武里中野稲荷神社(通称:武里中野香取神社)
武里中野香取神社 鳥居

埼玉県 春日部市 武里中野63
Qrcode武里中野稲荷神社
(Mapion地図にアクセス)

撮影:2021年3月6日
カメラ:ニコン-Nikon D7500


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